気仙沼市、本吉町
記憶が正しければ、たぶん気仙沼市の本吉町あたりの海岸だったと思う。
鯨の潮吹きのような岩が近くにあったようだ。
早朝のこと
「オメェここで何してんだ?」
車を乗りつけ親しみをこめて話しかけてきたお兄さん。
前日のキャンプ場で一緒に過ごした家族のお母さんから、今朝の別れ際に手渡されたおにぎりを食おうとしていた。
九州ナンバーのバイク乗りに興味を持ったようだった。
少しのやりとりのあと
「親父がイカ釣り漁船から落ちてよぅ、体だけでもあがんねぇかなぁ。と思って。」
そのお兄さんは夜通し運転し、たった今横浜から帰り着いたようだった。
「ま、せっかくだから、家へ寄ってけ。」
「いや、そんな大変な時にダメですよ。」
そんなやりとりののち、結局お邪魔することになった。
実家には三人の妹がいて、皆を起こすなり部屋の片付けや朝食、風呂の準備などさせた。
昨日から大変だっただろうに、文句も言わず俺のために動いてくれた。
「この辺りでは、お客さんなんて滅多に来ねえから。ゆっくりしていけ。」と言ってくれた。
風呂をいただき、二人で朝飯を食べていると、近所の漁師仲間のようなおじさんがやってきた。
俺の顔を見るなりキョトンとして「誰だオメェ。」
「さっき、そこの海岸でお兄さんと出会って、今朝ごはんいただいてます。。。」
「そうか。」
で、昨晩の親父さんの海での話が始まる。
数分もしないうち、また別の人がやってきた。
次々と訪れる関係者。繰り返される同じ質問。
まずい、このままでは。完全に邪魔者だ。
詰め込むように朝食を終え、お兄さんに目くばせし「ありがとうございました。」妹さんたちにも「ごちそうさまでした。」漁協のおじさんたちには「お邪魔しました。」とペコペコと頭を下げながら気まずい思いで後ずさった。
それでも、お兄さんは妹たちに「握り飯と飲み物」を準備させ、「気をつけろよ。また来いよ。」と道路まで出て見送ってくれた。
なんてことだ。この感謝の気持ちは一生忘れない。
ありがとうございました。
それから20年以上もの時が過ぎ、残酷なあの日が訪れた。
けっして忘れないから。
だけど何もできなくて、ごめんなさい。